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Selfishly

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S,P14「闇のかひな」



スローライフ S

         Pa 14 「 闇のかひな 」


あの頃は、まだ互いに、今ほどの想いを育てておらず、
二人でいる事の深い意味も考えず、
ただ、ただ、与えられた時間を喜びと共に甘受していた。

エドワードの胸に刺さる氷の棘も、
ロイの信頼の前で、氷解していった。

『俺、本当は ずっと怖かった。
 いつか、自分が 誰かを、大切な何かを傷つけるんじゃないかって。

 でも、あんたが信じてくれるてるんなら大丈夫だって
 自信が持てる気がするよ。』

そうだ、自分は大丈夫なんだ。

大切な何かを傷つける事も、
自分の心を預けれる人を失う事も、これからはない。
何も、恐れる事無く生きていけるんだ。

そう・・・、信じさせてくれた。

『ありがとう』

あんたは、いつも、俺に道を、光を与えてくれる。
今度こそ、差し伸べられた手をとって、共に生きていこう。

そう出来ると信じていた、願っていた、祈り続けていた。

あんたとなら、それはきっと叶えていけると・・・。





「中将!」

勢い良く開けられた扉に、付き添っている主治医が
しかめっ面をして、注意をする。

「静かに入ってこないか。

 君達は、ここが重病人患者の部屋だという事を
 忘れすぎじゃないかね?」

厳しい叱責に、首を竦めながらも、
逸る気を抑えられないのか、
ブレダは、足早に、横たわるロイの元に歩いてくる。

「・・・見つかったか。」

閉じていた瞼を開け、ブレダの表情を見て、そう聞き返す。

「はい。
 中将の読みどうりでした。

 市のはずれにある食料品店屋が、
 ここ1週間程に、大量の食品を配達したそうなんですが、
 外れの廃屋で、妙に思ってたそうなんです。

 多分、あっちも目立たないように、わざと寂れた店を選んだんでしょうが、
 それが、仇になりましたね。」

報告を聞きながら、ロイは目で起すのを促す。
主治医が、苦い表情をするのを申し訳なく思いながらも、
ブレダは、ロイが身体を起すのを手伝う。

「ただ、一足遅かったらしくて、
 すでに、立ち去った後だったんですが・・・。」

ブレダの表情が曇る。
アジトを追跡できたからと、そう簡単には捕まえさせてくれない。
ここで、捕らえられていたなら、危険な賭けをする必要もなくなるのに。
心中で、複雑な想いをため息と共に付く。

「ふん、あっちも必死なんだ。
 そう簡単に、捕まるはずもない。

 で、その後の手配は?」

「はい、そちらは、万全に整えてます。

 商店や市場には、すでに協力要請済みで
 身元の保証されない人物への配達は、ストップしてもらってます。」


「となると、生き延びる為には、出てこなくては無理になった。
 が、市中は軍が固めている。
 当然、街から出るにも困難な状態・・・と言うわけだ。」

「現在、住民登録のない家屋も徹底して探索にあたっています。」

その報告に、頷く。

「さて、追い詰められた鼠が、どんな行動に出るか・・だな。

 ブレダ。」

「はっ!」

「次の作戦に移せ、今のタイミングを逃して長引かせば、
 どこかの綻びから、逃げ出さないとも限らないからな。」

手負いの獣のように、闇らく底光りする光を閃かせながら
ロイは、ゆっくりと深呼吸する。

『やっと、終われそうだな・・・』

ロイの安堵の思いとは逆に、ブレダの心中は重くなる。

ベットの傍で、返事も返さずに立ち尽くすままのブレダに、
ロイは、訝しそうな目線を向ける。

「どうした?」

ロイの呼びかけにも、すぐには返答せず、
開きかけた唇を、固く結びなおすと、
意を決したように、ロイを見て告げる。


「差し出がましいようですが、
 次の作戦には、中将に危険が大きく伴います。

 ここは・・・、やはり、エドワード・エルリック殿に
 協力を仰いだ方が・・・。」

親しい間柄の名称ではなく、軍人としての立場からであると
言う事を示すためにも、ブレダは敢えて、フルネームで名指しする。
そんなブレダの進言も、最後まで伝えることは出来なかった。

ブレダの話を遮るように、ロイが名を呼ぶ。

「ブレダ少佐、次の作戦に移れ。
 作戦の遂行は、当初の打ち合わせどうり、変更はなしだ。」

「・・・はっ、早速作戦にかかります。」

敬礼をし、去っていくブレダを見る事無く、
ロイは、手元に残された報告書に目を通す。

「そんなに大切な方でいらっしゃる?」

横で控えていた主治医が、遂と言うように洩らす。

ロイは、静かに顔を向け、苦笑を浮かべながら話す。
最初から付き添っていた主治医は、今までの経緯も当然知っている。
部下達の進言も、ロイの返答も。

「自分でも、愚かなと思わないわけでもないんですが・・・。

 それでも、守りたい気持ちが優先してしまうんですよ。

 自分の命よりも、存在よりも、守りたい尊い者。

 卑怯かも知れませんが、私には彼がいなくなる事には耐えられそうもないんです。
 なら、出来るだけ、危険からは遠ざかっていて欲しい。
 毛一筋も傷つけないように、憂いのないようにしてやりたい。

 それで、自分が危険な目に陥ったとしても、
 彼さえ、在り続けてくれさえすれば、
 私は、失う恐れを抱かずに逝ける。

 彼が、傷つくよりは、その方が数倍マシです。」

それだけ語ると、ロイは手元の資料に頭を切り替えて集中する。

主治医は、マジマジとロイの横顔を眺める。
そこに居るのは、厳格で勇猛なイシュバールの英雄でもなく、
国民の期待を一心に背負う、未来の若き大統領でもない。

ただ一人の人間を失うまいとする余り、
臆病になっている男でしかない。

『この人物に、ここまで想われる人間とは・・・。』

何を告げる事も思い浮かばず、
ひっそりと過ぎる時間の中、嘆息と共に患者を見つめる。


翌日、市内にロイ・マスタング氏が快方に向かっている朗報が流れる。
多くの国民が心配していた事だけあって、
この朗報は、瞬く間に市中を駆け巡る。


「いやぁー、良かったねー。

 一時はどうなる事かと心配してたけど、
 どうやら、意識を取り戻したそうで。」

「本当に!

 まだ、予断は許されない容態ではあるけど、
 これから時間をかけて安静にしていれば、快癒に向かっていくってさ。

 本当に、冷や冷やさせられたわよ 」

「女将さんは、好い男に弱いからなぁー 」

笑いと共に語られる会話は、朝から市内の至る所で交わされている。
明るい話題でもある為か、声を控える者もいない。
通りがかる見知らぬ者が興味を持って聞いてきても、
心安く情報を伝えて、喜びを分かち合っていった。


***


「ちょっと! イーストシティーには行けないって
 どういう事なのよ!
 つい、先日まで私が行って帰った時は、大丈夫だったわよ!」

イーストシティーまで後しばらくの所まで来た時点で、
乗っている列車が、イーストシティーを通過する事を告げられたのだ。

「そ、そうは言われましても・・・、私どもも軍からの指示ですので」

ウィンリーの剣幕に押されてタジタジの車掌が、汗を拭き拭き言い訳を口にする。

「じゃあ、いつになったら、イーストシティーに行けるようになるわけ」

「はぁ、それもはっきりとは・・・。
 とにかく、軍からの戒厳令が解除されたらまた連絡があるとの事で」

そう答えると、すみませんと何度も頭を下げながら、
車掌はそそくさと次の車両へと移って行った。

「・・・ウィンリー、次の停車駅で降りよう」

「アル・・・」

何度も危険な状況を乗り越してきた同士だ。
二人は目を交わすと、頷きあう。


***


「レイモンド、エドの所には行ったの?」

精彩を欠いているレイモンドに、仲の良い者達でさえ声をかけそびれていると言うのに、
前回の件で開き直ったのか、フレイアが近寄って話しかけてくる。
フレイアにしてみれば、自分のやった事がばれてしまっているなら、
変に取り繕う事も、引け目を感じる事もない。
それに、この男は同類だ。
ライバルでありながら、妙な共犯者意識が生まれてもいる。

「ああ・・・」

歯切れ悪く短い返事を返すと、また黙ってしまう相手に、
フレイアは仕方無さそうに、ため息をつく。

「ねぇ? エドはこちらに居るんでしょ?
 なら、どうして休学する事になったわけ?
 いつまで、休学しているのかしら?」

相手の重い口を、何とか開こうと、フレイアは矢継ぎ早に質問をする。

そんな彼女の態度にも、知らないとばかりに首を振って答えるだけのレイモンドに
フレイアは、苛々した心中を何とか抑えながら、
じっと相手の様子を伺う。

「あなた・・・、エドに何かしたんじゃないの?
 何かあったんでしょ?」

フレイアの責めるような口調に、レイモンドが一瞬表情を曇らせる。
それを見逃さなかった彼女は、先ほどとは違う意味でのため息をつく。

「馬鹿ね・・・、あなたも人のことをとやかく言えないんじゃなくて?

 いいわ、直接エドにあって話してくるわ」

そう言いきると、身を翻し去ろうとした彼女の腕を掴む。

「駄目だ! 行かない方がいい。

 いや・・・、行けないんだ、エドワードの傍には」

必死の形相で言うレイモンドの様子に、一瞬呆気に取られるが、
そんな事では怯まないフレイアは、ゆっくりと向きなおして
レイモンドに告げる。

「どう言う事? 話してくれるんでしょうね?」

引く様子のない彼女の様子に、レイモンドは諦めたように腰を上げ、
場所を変える為に、彼女を連れ立って教室から去っていく。

遠巻きにしていた学生達が、二人の関係を、少しばかり誤解して納得しながら
見送っていた事は、本人達にはわかりもしなかった。



***


夕刻の診療時間で混雑する病院では、突如として起こった事件に
手を尽くす事も出来ずに、静まり返っていた。

1台のトラックが、警備の軍人の命令を無視して暴走して行き、
警備網を突破して、玄関に突っ込んで来たのだった。

幸い、その時には負傷者は1人も出ず、中から現れてきた犯人達が
手当たり次第に人質を拘束するのを驚きのまま見守るしかなかった。

「静かにしろ! 言いか騒げば、女子供でも容赦しないぞ!」

口汚く騒ぎまくる犯人達の怒声に、脅えきってしまっているのか
誰一人、泣き喚くものの、騒ぐものも、当然、逆らうものもおらず、
その場を、絶対君主のようにのさばる輩は、自分達の行動の成果に
陶酔に近い思いを持った事だろう。

だから、気づかなかったのだ。
自分達が占拠した場所が、いつもと違和感を生み出している事も・・・。


「始まったな」

「そのようですな。
 では、私は隣の部屋で控えております」

「ええ、後は手筈どうりに進むと思われますので」

近くで事件が発生しているにも関わらず、全く動揺も見せてないロイが
軍医の退出を促すように返事を返す。

「わかりました。 ご無事を祈っております」

礼をして去る軍医に、当然とばかりに頷いてベットに横になり、
暗がりの部屋で、まるでごく普通に寝入るように休む様子を見せる。

慌しく廊下を行き来する人の気配。
重病者を労わるように小声で交わされる指示。
そして、静かに遠ざかる人の気配。

ロイは気配を消して、それらを感じていた。
事件の終局を、実感しながら。


「始まったわね」

「はい、中将の予想どうり」

「では、あちらも?」

「はい・・・、それも指示どうり」

「・・・そう」

小さくため息を付きながら、目の前で声高く要求を叫び続けている犯人達には
意識も向けずに、その先にある病棟へ心配そうな瞳を向ける。

「大丈夫ですよ。 中将の事ですから、上手くやりますよ」

副官の心配を和らげるように、ハボックが自分の不安を押し殺しながら
言葉を告げる。

「そうね・・・、どちらも上手く行くわ。
 いえ、いかせないと」

そう強く自分に言い聞かせると、ホークアイは目前の自分達の担当の騒ぎに
全神経を集中させていく。



遠くで轟音が鳴り響く。
そして、しばらくすると、離れている病棟にも慌しい気配が立ち込めるが、
司令官らしき軍人からの矢継ぎ早な指示で、一人、二人と
事件の発生している場所へと援護に駆けつけていく。
最後に、病棟の入り口に警備の者を配置し終わると、
指令を出していた者も、慌しく現場へと去っていく。

いつもなら、入退館に厳しいかった病棟も、今はそんな確認よりも
発生した事件に気を取られているのだろう。
朝から出入りしていた人間のこと等気に留めているようなものもいなくなった。

新しく入る事は不可能だが、先に入っていたのなら話は変わる。
警備が薄くなっている今は、通常、決して近寄れなかった上階にも
簡単に足を踏み込める。

しんと静まり返るフロアーで、さらに足音や気配まで消して進む者は
それなりの理由が無ければ、そんな行動には出ないだろう。

1つの扉の前で、音もさせずに立ち止まると、
中を伺うように扉に身を寄せる。
そして、中に人の動く気配がない事を確認すると
静かに扉を開いて、薄暗い室内を目を凝らすようにして覗く。
中から動く人の気配が無い事に勇気付けられたように、
次第に扉の開く部分を増やして、最小限の空間から身を忍ばせる。
そして、しばらくうずくまる様にして気配を殺し、室内を伺っていたが、
すっと立ち上がると、奥にあるベットへと進んでいく。
重病人である事を示すように、何本もの管が、ベットに寝ている人影に繋がっている。
静まり返った部屋は、聞こえるはずも無いチューブの流れる音が聞こえそうな程だ。
規則正しく上下するシーツは、そこに寝ているものが生きている証を示している。

「このくたばり底無いが。
 余計な手間をかけさせやがって」

恨みを滴らせた声が、嫌悪も露に吐き出される。

そして、徐に腕を上げると、何の躊躇いもなく引き金を引く。
消音の銃の鈍い空気音が鳴くと、標的が振動で跳ね上がる。
それを、口元を上げて見続け、無感動に何度も引き金を引く。
ギリギリまで打ち込んで、やっと満足したのか、
男は、自分が打ち込んだ標的を確認する為に手を伸ばす。

シーツに手をかけ、一思いにたくし上げ様とした瞬間、
後頭部に冷たい金属が押し当てられる。

「そこまでだ。 銃を離せ。

 動くな、少しでも動けば、引き金を引く」

何の抑揚もなく、淡々と告げられる言葉は、特に人を圧する筈も無いのに、
男は体中が締め付けられるように、身動きが取れなくなる。

「・・・きさま」

漸く吐き出された言葉は、声が酷く掠れていて
聞きずらさよりも、不快音として気になる。

「黙れ、銃をベットに置け。
 そっとだ、わかったな」

グッと押し付けられる銃口は、ロイの真意を伝えてくる。

本当は、引き金を引きたくて仕方がないのに・・・と。

どっと体中に浮き出す冷や汗を感じながら、男は力なく手を開く。
ボスッと沈み込む銃のせいで、被されていたシーツがずれると
ダミーだった人型が見える。
精巧に模された人形は、状況が違った時に、他のものが見れば賞嘆に値されただろうが、
そんな事は、今の男には全く関係ない事なのだろう。
血走った目で、周囲の見える範囲を探る為に、忙しなく眼球を動かすが、
今の状況では、どうしようもない。
あきらめたように力を抜く男に、ロイは冷たい怒りを滲ませた声で命令する。

「ゆっくりとベットから離れろ。
 妙な動きを少しでもすれば、すぐさま的になると思えよ」

言葉とは裏腹に、嘲笑を含んだ声音は、唆すような響きを伝えてくる。

「?」

男は、得体の知れない感情の刃に、こんな状況だと言うのに
戸惑いを感じる。
確かに、暗殺を企てた人間に優しい感情を向ける者がいるわけがない。
普通、嫌悪や憎悪、侮蔑や怒りとあらゆるマイナスの感情を向けてくるのはわかる。
だが、今銃口を向けているこの男からは、それよりも更に深くどす黒い感情と
まるで、追い続けた獲物に舌なめずりするような歓喜が伝わってくる。
そして・・・、後者の感情の方が、数倍、いや数十倍危険を伝えてくるのは何故だろう。

そんな疑問を持ちながらも、ロイに言われたとうりにゆっくりと身体を動かす。
そんな男の行動に、安堵したたのか、向けられた銃口が緩むのを感じる。
咄嗟、男は身を屈めて後ろに体重をかけると、相手を跳ね飛ばす勢いで身体をぶつける。

・・・ぶつけたはずだった。

「馬鹿な男だ。 まぁ、こんな事をしでかそうと言う人間だ、
 賢いわけもないか」

相手の行動を予測して避け、無様に横転した犯人を嘲笑いながら
ロイは、ゆっくりと小さく指を鳴らす。

途端、断末魔のような声が静まり返っていた病室に響き渡る。

そして、同時に扉を開けて飛び込んできた軍医が、
銃を片手に、ロイの安否を問う。

「中将!」

「ああ、無事に捕獲した。

 まぁ、少しやりすぎてしまったかも知れないがな」

ブスブスと煙を燻らせる物体には目もくれず、
ロイは足早に窓に近寄ると、大きく開いて、上空に向けて指を打ち鳴らす。

上空では、火炎を上げた輪が太陽のように夕刻の闇が深くなった空を照らす。



「中佐!」

「ええ」

緊張感が漂っていた現場では、硬直状態から一転させる時期を知る。

ホークアイは、隣に立つブレダに頷いて、指示を伝えさせる。

ブレダが、スピーカーを最大にして院内にも聞こえる程の大音声を上げる。

「捕獲終了、全軍すぐさま実行!」


病院前に包囲もを作っていた軍人達が、雪崩のように院内に流れ込む。
そして、院内にいた人々も犯人を取り押さえに飛び掛る。

「な、なんだよ、何が・・・!」

状況を全く理解できなかった犯人の二人は、今まで大人しく人質になった者達に
反撃を位ながら、茫然と呟こうとしたが、その言葉は、最後まで語れれずに終わる。

自分達が仕掛けたつもりが、唯単に罠に嵌っただけだったと気づくのは、
冷たい牢に拘束されてからだった。



「全く、無茶をされましたな。
 無事だったから良かったものを」

犯人を捕獲し、合図を打ち上げると、本来、絶対安静だった人間が
無理をした為、ロイは力尽きたまま窓際にうずくまる。
軍医が慌てて衛兵を呼んで、ロイをベットに寝かしつけると
すぐさま治療に当たりながら、小言のように告げてくる。

襲う不快感に耐えるように唇を噛み締めて、汗を浮かべ耐えている患者を診ながら
良くこんな状態で、囮になったものだと、ほとほと感心するしかない。
本来、立ち上がるだけでも無謀な事なのに、
犯人と一戦交えて、さらに大掛かりな練成を行うなど、とても常識では考えられない。
それだけ、強い精神力を持っていると褒めるべきなのか、無茶をするなと
叱るべきなのか・・・。
が、無事に計画は終わり、軍医も内心喜ぶ気持ちを隠せず、
小言を言う声にも厳しさに欠けてしまう。

治療の効果か、少しづつ痛みが引いて来ると、噛み締められていた唇も
緩やかに開かれていく。

そうするうちに、あちら側の現場も集結したのだろう、
どやどやと人が押し寄せてくる気配が近づいてくる。

「全く、煩い奴らだな」

軍医の渋面を浮かべたまま呟かれた言葉にも、ロイは苦笑で答える。

「中将! ご無事で!」

いつもなら取り乱した姿など見せた事がない副官が、
厳しく引き締められた表情で、扉のノックも忘れて入ってくる。

「大丈夫っすか?」

いささか拍子抜けするような声で伺ってきたハボックには
別に悪気があるわけでも、緊張感がないわけでもない。
もともと、そういうキャラクターなのだ。

狭い病室ではないが、さすがに背も横幅もある男達が中心に
入り込んできては、圧迫感があるのは否めない。

「ああ、心配かけたな。
 こちらは異常ない、計画どうりだ」

大分と楽になり、出した声も普段とさほど変わりなく話せたと思う。
それを聞いた皆一同が、安堵の表情やため息を付いているのを見ると、
自分の思うので間違っていないようだ。

一通り報告を受けて、その後の指示を与えると、
ロイもやっと、心から事件終了の実感が湧いてくる。
そして、1番気になっていた事を口に出して言ってみる。

「中佐、すまないがエドワードに連絡を取りたいのだが?」

普段なら、機転の利く彼女の事だから、先に連絡を入れていても良さそうなものだが、
さすが今回は、そんな心の余裕はなかったようだ。

「あっ、そうですね。 すぐに、連絡をとります」

慌てたようにして部屋を出ようとしたホークアイを呼び止めて、
ロイは電話回線をこちらに引くように伝える。

「あっじゃあ僕が取ってきます」

機械に強いフュリーが、嬉しそうに部屋を後にする。

「大将、喜びますよー」

ハボックも、気がかりの1つが解消されることで嬉しそうに話す。

「どうかな? エドの奴の事だ、何で今まで知らせなかったんだーって
 怒り出すかも知れないぜ」

「有り得るな~、中将、覚悟しといた方がいいですよ」

大きな事件の解決の後だけに、皆が気持ちも軽くそんなくだけた話も飛び出している。

「お待たせしました。 電話を借りてきましたんで、繋ぎますね」

手馴れた様子で回線を繋ぐと、さぁとばかりロイに差し出す。

興味津々で、ロイの様子を伺っているメンバーに
決まり悪げに一つ咳払いをするが、誰も退出をしようとはしない。
軍医さえも素知らぬ表情で、治療が終わったと言うのに
席を外さず事の成り行きを窺っている。

ロイは、諦めたように深く息を吐いて、ついでに気持ちを整えると
心配して待っているだろう最愛の者に無事を告げる為に
慣れ親しんだ番号を回す。

「?」

呼び出し音もないまま、ツーツーツーと回線が切られている音が聞こえてくる。
どこかに電話でもしているのだろうか?
ガックリとしながら、再度、番号をかけ直してみる・・・が結果は同じだった。

仕方無さそうに受話器を置いて、様子を窺っているメンバーにも
成り行きを伝える。

「残念だか、話中のようなんで、また、後からかけさせてもらう事にする」

1番、ガックリしているのはロイのはずなのだが、
周囲が、それ以上に残念がっている様子を見せるので、
皆が、怒鳴られる方に賭けていたのだろうと、察せられる。

こんな衆人環視の中では、おちおち電話もできないなと
思い直しながら、ロイは枕元の近くの棚に電話を置くと、
休む為に身を横たえようと軍医に声をかける。

本当はまだ、起き上がっているのも一苦労なのだ。
エドワードの声を聞けば、少しは気分も浮上できると思ったのに・・・。
残念そうに目を瞑る上司の気持ちを察して、ホークアイが言葉をかける。

「中将、事件も無事に解決した事ですから、
 エドワード君が、こちらに来るように手配しておいて宜しいですね?」

一応問いかけにはなっているが、否定させない強さがあって、
ロイは、目を開かないまま笑みを浮かべて、頼むと一言だけ告げる。
本当は、イーストシティーではなく、二人の家で再会をしたかったが、
今の状況では、そんな無理も言えない。
話さなくてはいけない事を、この土地で告げるのには
少々、抵抗は感じるが、それよりも今は、少しでも早く
エドワードの顔が見たかった。
そして、どれだけ心配をかけたか解っているから、少しでも早く
謝って、安心させてやりたかった。

ロイが薬の効果で、少しずつ眠りに落ちていきそうになっているのを邪魔せぬように
皆が、静かに退出をしようとした矢先に、その声たちが届いてくる。

「通して下さい! どうしても、中将に合わなくちゃいけないんです!」

階下の表玄関で言い争っているのか、扉側からではなく、
窓の下から声が届いてくる。

残党がまだ!との考えが皆の頭に一瞬過ぎり、俄かに緊張するが、
届いてくる声を聞いているうちに、ホッと肩の力を抜く。

「あの声は、アルフォンス君だな・・・一体、何故ここに?」

眠りに落ちそうになっていたロイが、怪訝そうに目を開いて
メンバーに投げかける。
「さぁ?」と皆が首を傾げている間にも、一人がさっさと迎えに出ていく。
統率が執れているメンバーだと、無駄な動きをする者が居なくて
大変効率が良い。

皆がしばらく待つ事数分。
忙しなく走り出す足音が届いてくるようになって、ロイが不審そうな表情から、
徐々に表情を引き締めていく。
アルフォンス・エルリックと言う少年は、余程の事でもない限り
温厚で、冷静な面を崩さない人間だ。
唯一その面が崩れる時は、必ず、兄が関わっている時なのだ。
近づいてくる足音を聞きながら、ロイは浮かんでくる不安を消すことが出来なくなってくる。

『繋がらなかった電話・・・、あり得ない訪問者』

ゆっくりと身体を自力で起しながら、扉が開くのを一刻も早くと
思いながら、真剣な表情で見つめる。
他のメンバーも、只ならぬ雰囲気に固唾を呑むようにして
近づいてくる足音に注意を払っている。
そして、さりげなく中将を隠すように扉を囲むようにして立って、
入ってくる相手を待つ。

「中将、失礼します! 兄さんに直ぐに連絡を取ってやってください!」

怒鳴り込むようにして飛び込んできたアルフォンスを、
メンバーがさり気なく止めると、どうしたんだと声をかける。

「そこを開けろ」

中将の声で、取り押さえる形になっていたハボックが手を離して
横によける。

「アルフォンス君、何があった」

そう尋ねる声も固くなる。

「中将、兄さんにすぐに連絡を取って、無事を知らせて下さい。
 でないと、取り返しの付かない事になりますよ!」

ロイを睨みつけて、怒鳴るように告げるアルフォンスの様子に
浮かべた不安が、現実に形どっていくのを、ロイは締め付けられる胸の痛みで実感していく。






[あとがき]

本当に長らくお待たせ致しました。m(__)m
やっと、シリーズ再開です。
後2話で終了予定でしたが、どうも、もう少し増えそうでは有りますが・・・。



 


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